知らなかった

私の住んでいる富津には岬がある。子どもの頃は、と言っても半世紀ほど前になるが、内海側から下洲海岸まで砂地だった。そして大潮の干潮時は、車で人工島である第1海堡まで渡れたのだ

今では、もちろん無理
第1海堡も はるか彼方になってしまった

理由は簡単、内海外海に港ができて、さらに川の護岸整備が進み、砂の供給がなくなったから

もう岬の先端は 侵食されるばかり

ただ、子供の頃は海堡まで繋がっているのが当たり前だと思っていた
それが違ったのだ

古い漁業組合資料を見ると、岬と第1海堡の間は 船の往来する航路となっていたらしい
それが、大正12年の関東大震災により、地盤隆起したということだ

画像


当時のお金で千円余り出して、浚渫(しゅんせつ)したそうだが、直に埋まってしまう
そこで、県に請願をした

岬と海堡は切れていた

それが、関東大震災で地盤が隆起
船が通る澪(みお)どころか、引き潮では逆に海堡まで車が渡れるようになってしまったのだ
知らなかった。何とか繋げられないかと ばかり考えていた

いま、貴重な資料を読み起こしている

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